五の章  さくら
 (お侍 extra)
 




    春隣り



 そういえば、春が暦の初めというところはいまだに多い。農作耕作が生活の支えである地域では、それが自然なことでもあって。

 『じゃあどうして、虹雅渓みたいな街では、
  寒い寒い冬の最中に1年の初めがあるですか?』

 おっさまが、そういう街では他とも足並み揃えてのこと、一番昼間が短い日を最初に据えているのだとゆってましたが、それって何でなんでしょか?と。幼い娘御からもたらされた、そんな素朴な問いかけへ。

 『そりゃあお前、田圃の手入れに縁がねぇからじゃねぇのか?』と、

 まんざら遠くもない言いようで いい加減なことを答えてやっていた、真っ赤な鋼鉄の体をしたお仲間は。その身を文字通りの犠牲にしたがため、復活に多少ほどの時間が要ったが、田植えの季節には何とか間に合っての帰還が適うという話。

 『間に合ったところで、おっちゃま田植えの手伝いなんて出来ないですのに。』
 『何だとー?』

 馬鹿にすんなよ、コマチ坊ン。苗代運びじゃあ牛にだって負けねぇぞと、鼻息も荒かったあの菊千代がいるのだし。それより何より、あの大騒動を身をもって乗り越えた村人たちだ。よって、神無村は今後どんな奇禍に襲われようとも不安はなかろう。それにそこまでの先々を案じてやるのは、ともすれば不相応な差し出口。むしろ、我らへの気遣いもまた、これからの再出発へ際して、重々しい罪科の影と共にいちいち意識することにも成りかねぬので。

  慌ただしい空気の中、
  どさくさに紛れてこそりと出て行くのが一番だろう、と。

 そこでのこと、敢えて いつ出立するかは告げておかなんだというに。

 『水臭せーな、勘兵衛。』

 誰からどう伝わったものなやら、昨夜の宵のうち、電信によってながら、この町を出るらしいなとのご挨拶があったのは驚きで。侍になるのだとの一念から、自分たちの道行きへと付いて来た、まだまだ心根のどこかが浅い未熟者…という把握しかなかったものが。その未熟ならではな実直さにて、こちらへも考えさせられる言動を様々に披露しもした、何につけ豪快だった戦火の友は、

 『言っとくが勘兵衛よ、
  俺は知ってる奴へ知らん顔なんて器用な真似は出来ねぇからな。』

 『? 何の話だ?』

 『惚けてんじゃねぇよ。』

 自分に関わると何をどう勘ぐられるか判らねぇからとかどうとか、そんな曖昧なこと並べて、これっきりで“赤の他人でございます”ってな振りしろったってだな、

 『そんなややこしいこと出来ねぇ相談だって言ってんだよ』と。

 自分のやりようや有り様へと指図されるのが業腹だったか、それとも…せっかく知り合えたのに、別れ際にそんな寂しいことを言うなと暗に言いたい彼なのか。いかにも怒っておりますという荒々しい口調にて、喧嘩腰だか、拗ねているのだか、そんな言いようをして来た若いのへ、

 『……ああ。判った。』
 『あーっ、そんなに簡単に折れたってことは、口先だけだな。』

 お前はよ、言葉でのはぐらかしも名人だから、言ってることは判ったが言うとおりにはしてやんねぇくらいは言いそうだ、なんて。直接の話相手だった勘兵衛以外、居合わせた七郎次や久蔵にまで届いたその言いようで、彼らに笑いたいやら怪訝なやらという複雑なお顔をさせたほど。

 “通りすがりに聞いた依頼に過ぎなんだ筈だったのだがな。”

 最初は固辞し続けていた。野伏せりなんぞ、直接殺したところで何にもならぬ。たとえ一掃出来たとて、話を聞きつけて別口の狼がまたぞろ来るだけのことだぞと。そうと言い聞かせても聞かなんだ強情な娘と、それから。立ち止まったそんな自分の元へ、様々な人々が集まったことで起きたその波紋とが、否応無く彼を駆けさせて。顔を合わすつもりはなかった存在にまで関わり持たせるわ、敵方だったはずの存在まで引き寄せてしまうわと。まこと、人が動くというのは、ただそれのみには収まらず、思わぬ色々を齎しもするのだなとつくづく思う勘兵衛であり。

 “……久蔵は上手く撹乱し果せているようだの。”

 兵庫殿へと東門を守れとの通達を投げ入れた後は、街中の居残り組を引っ張り回せとの指示をした。もしやして、兵庫殿や警邏担当がこちらの策へと乗ってこなけりゃそれはそれ。街で勃発する騒動にはどうしたって駆り出されるのだろうし、それへと振り回されてのこと、肝心な大門を閉ざすことが適わなんだとしても。大きな躯をした紅蜘蛛や雷電級の機巧躯の野伏せりによる侵攻なぞ、そうそう簡単には運ばぬだろし。無理から突っ込んだとしても、その暴挙にて大門を破砕してしまい、結局は蓋がなされるまでのこと。それはあくまでも最悪の運び、そうまでの被害を出しそうな“大物”は、彼自身が立っての砂漠で一掃してゆく所存でもあって。分散しての行動となるその最終経路、大門をくぐったそれから 程なくして、街へと向かう人々が不意に速足になってゆくのに気がついた。

 『え? なんで?』
 『何かあったのだろか、門が…。』
 『早よう、早よう。おかんも急ぎ。』
 『何や知らんが、大門が閉まってまう。』

 そんなお声を切れ切れに聞き、ふっと口許が綻びもした壮年殿。振り向かずとも何が起きつつあるのかは判ったし、あの…要領に長けているよに見せつつ、その実は。彼なりの信念へだけ頑迷そうでもあった警邏隊長殿が、こちらの意を酌んでくれたというのもまた、あっさりと伝わって来たものだから。

 “久蔵への餞別、ということかの。”

 あちこちへと配した鍵が、少しずつ一つずつ作動してゆく充実が、大きくこの背中を後押ししてくれるようで。こればかりは、こちらの騒動にかかわったことで得た、久し振りの感覚といえ。臨界地に立つことで能力以上の力を出せなぞと、本来だったら若造に求められること、年甲斐もなく実感し直したような気がしたとの感慨を、微かにほろ苦くも噛みしめつつ、

  「………。」

 連綿と人の列が続く道程からは途中で外れての、かつても立ち寄った覚えのある渓谷跡へと進路を逸れてゆけば。左右が断崖になったかつての渓流の跡地の窪みに、紅蜘蛛だろうか、それは大きな機巧躯の野伏せりが数機と、黒ずくめの人型機巧、甲足軽が二十では収まらぬ頭数を揃えており。完全な機械化を成した彼らに比すれば、乗り物にすぎないとはいえ、鋼筒(ヤカン)も同じほどが集結している模様。そこへと、そちらが街からやって来た浪人たちの代表なのだろう、彼らに比べると随分と身軽な風体の男らの一団が、初対面だろうに気安い様子で近づいており。時折、手振り身振りも交えつつ、文字通りの見上げんばかりという大きな相手へ向けて、何かしら交渉しているらしく。自分たちの企てに余程のこと自信があってのことか、周囲へと注意を払う様子もないほどの盛り上がりようが、遠目からでも察せられたが。それは、こちらもまた自然なこととして、その気配を殺して行動していたからなのかも知れず。冬場のこの砂漠には当たり前のそれだった、それは容赦のない突風が吹き荒れた嵐には、まるきり及ばぬながら。その砂防服をはためかせるほどの風にあおられることがあっても。眼下の彼らは、一向に気づく気配もないままであり。

 “………さて。”

 今のところは何もしちゃあいない、ただの通りすがりだと、開き直っての居直られても面倒だ。それに、

 “野伏せり一味の 紅蜘蛛級の機巧躯は、
  殆どがあの“都”の護衛部隊へ編入されてはなかったか。”

 行幸に見せかけ、その実、天主と野伏せりとの関係を知ってしまった農民らを一気に殲滅しようとの企みの下。神無村を襲った最終決戦へと駆り出されていた、数百はいただろう巨大擬体。自律飛行も可能という、当世最高の技術の粋を集めた鋼の侍たちだったけれど。幼いころに追われた記憶があってのことか、殊更ぞんざいに接していた節の強かった右京の取った強引な制御により、意志は消されての単なる傀儡と化しての、あまりの歯ごたえのなさもまた思い出された勘兵衛で。

 “あれとは別隊の存在が、まだまだ取り零されておるということだろうか。”

 当時もそうであったように、何も世直しをして回るつもりはないのだけれど。非力な人々が、彼らでは到底歯が立たぬだろう あれらのような存在に悩まされてしまうようであるならば、

 「…あれも叩くのか?」

 足音さえ立てずの気配なし。陽炎のような現れようにて、勘兵衛のすぐ傍らに現れた彼が、それは端的な声を掛けて来たのへと、

 「そうさな。それこそがこたびの本旨だからの。」

 こちらもさして驚きもせぬまま、風砂よけにと襟元に高く立てていた襟巻きを、節の立った片手を掛けて引き降ろし。思慮深い声にて、壮年が紡いだ一言へ。そちらは金の綿毛を風にあおられながらも、瞬(まじろ)ぎ一つしないまま、まずは勘兵衛の横顔を見、それからその紅の双眸にて、彼の見据える眼下の一団を見遣った久蔵は。特に“承知”との相槌も打たなんだけれど、

 「…紅蜘蛛は貰う。」

 ぼそりと一言、その声が連れの耳へと達するより前にもう、姿を消してのヒラリ、宙を舞っている紅胡蝶だったりし。それを真上から見送りつつ、

 「やれ、気の短いことよ。」

 勘兵衛の精悍な口許へ浮かんだのは、焦るでも呆れるでもない やわらかな苦笑が一つ。浪人や野伏せり全てに因縁はないが、見当違いなところを襲うのは単なる暴徒。そんな魂胆を持つ以上、叩かれても文句は言えまいよとの、非情な心積もりはとうに腹へと沈めてある身。久蔵がどのような突撃を敢行しても、相手にはその一撃を食らうまで気づかれはしなかろう。羽根のように軽やかに、されど、鋼の塊でさえ すぱりと切り裂く鬼神のような太刀働きをこなす若武者が。乾いた砂の地ではそれもまた目立つはずの深紅の衣紋をひるがえし、結構な高さのある断崖を、時折 出っ張った棚へと足場を見つけながらも、あっと言う間に降りていった技は大したもの。ちらりと周囲を見回した誰ぞの視野に入ったとて、頭上をゆく鳥の影かなくらいにしか思われなんだに違いなく。とはいえ、相手はこちらの数十倍の手数だし、何よりも 浮足立ったその挙句、街の方へやたらと引き返させるのも剣呑なこと。しようがないかと勘兵衛もまた、すぐの足元の中空へその身を躍らせて。長々とした蓬髪や衣紋をたなびかせての地上まで、難無く移動がこなせるところは、さすが空艇部隊の精鋭、斬艦刀乗りであった名残りというものか。だがだが、

 「な…っ。」

 先程、まずは久蔵の影を見とがめた手合いだったか。信じ難いものを見た怖さを錯覚だろうと打ち消したかったらしいのが、次には別な影が信じられない落下を敢行して来たの、目の当たりにしてしまったものだから。息を飲んでのその身を凍らせ、手近にいた仲間うちの、二の腕引いて注意を促す。何だよ、今 話が盛り上がってんのによと、鬱陶しげに振り返ったは、作務衣に袖なしの半臂を重ねたようないで立ちの、山賊もどきのようないが栗男だったのだけれど、

 「あ………?」

 見ろよと促されたところに立つ存在へ、怪訝そうに眉間を寄せたのは。どこから近づくにせよ、渓谷後の奥向きのそこへは、自分たちの傍らを通らずに立てるはずはなかったからだ。しかも、

 「確か…あんたは、
  先の天主殺しでお縄を受けていた侍じゃあなかったか?」

 余程のこと印象深い出来事だったか、それを覚えていた者でもあったようで。だが、

 「…俺らに加担したくてって現れたような雰囲気じゃなく見えるのだがな。」

 そこもまた読み取れるのは、大したものだのと。それでも…何とも答えぬまま、時折 足元の乾いた大地をぐるりと巡る風にはためいて、砂防服の陰のみが躍る中。ただただ黙って向かい合っておれば。その男の後背にいて、胡散臭いと顔へ殴り描いたような表情を隠しもしない、裸の上半身へ鎧の胴だけをまとった筋肉男が口を挟んで来、

 「待て待て、あの折はウキョウとかいう新天主の計らいから、
  確かこやつ、恩赦を受けて命拾いをしたはずぞ。」

 「そうか、お主、あれから天主やアキンド側へとなびいての、
  薄汚いイヌとなり果てたか。」

 間者になったかという揶揄のつもりであったのだろう、その一言で、周囲にたむろしていた連中が、ことごとく振り返って来ての敵意をあらわにし始める。何とも判りやすいことよと、ここで改めての薄笑いを口許へと浮かべると。

 「詮索が好きなようだが、弁舌や憶測を振り回すより、
  これから活躍の予定でもあろうその太刀を、
  大きに振るってみてはいかがかな。」

 やはり蓬髪や長衣紋を揺すぶっての、吹き起こった突風にも遮られぬまま。何とも響きのいい、そのお声が紡いだ挑発の一言は。随分と頭上に聴覚器官もあるはずな雷電級の存在にまで届いたらしく。

 【 何とほざいたか、この大うつけめが。】

 それほどの躯となったからには、それなりの武功もあった身だろうに。だからこそ、この凋落に誇りも何も腐ってしまった存在か。かつてはその得物の銃座に乗ったこともある、広義での仲間内でもあろう斬艦刀乗りの もののふ目がけ、巨大な大太刀振り下ろした機巧侍だったれど。

 【 ぬお…っ!】

 文字通り、乗り物級の大きさをした巨大な凶器が降り落ちて来たけれど、目算が甘かったか切っ先はわずかに脇へと逸れており。紙一重の奇跡が起きたと思うたか、感嘆とも興奮とも取れそうな、おおおっという唸り声の波が、野伏せりと浪人どもの間から沸き立ったその刹那。

  ―― ひゅっ・か、という

 鋭い風を撒く音とそれから、硬質なものへと やはり堅いものが当たったことを伝える、乾いた響きが、砂漠の底へと鋭に轟き。勘兵衛を狙った雷電が、そのままその腕を落とされてしまっており。そのような大物でなくとも、失ったことだけで均衡を保てなくなったのか。その場でぐらりと倒れ込んでしまったため、

 「ひゃあっ。」
 「何だなんだ、ネヅの旦那よ。」

 足元にいての威光を盾にし、直前まで踏ん反り返ってたクチが何人か。今度はあわわと慌てふためきながら、腕とその本人という大きな躯体が降ってくるのへと、潰されてはしゃれにならぬと右へ左へ忙しくも逃げ惑う情けなさ。尋常ではない砂ぼこりを撒き上げ、ずでんどうと見事に頽れ落ちた巨体の陰には。既に抜刀していた紅衣の青年が、何とも感慨なぞ浮かんでもない、堅い堅い無表情のままで立っており。

 「ようも手早く切ってしまえたの。」

 一旦は地上という距離のあるところへ着地した久蔵だろに。再び、小山ほどもあろう雷電の肩口をばっさりと斬り裂くべく、途轍もない跳躍こなした彼だと知れて。それを指しての半ば呆れた笑みを、連れへと向けた勘兵衛だったのへ、

 「な…っ。」

 目の前にいた壮年の武家が、何かしでかしたというならまだ判る。現に、先程の斬艦刀の振り下ろしも、落ち着いて見直せば…雷電が目測を誤ったのではなく、こちらの蓬髪の武士が、自分の得物の柄を さりげなくもちょいと突き出すことで。自分へ振り下ろされた、それは巨大な凶器の軌跡、見事に逸らさせたことが明らかとなり。

 「なんて野郎だっ!」
 「いや待て、そんなことが計算ずくで出来るものかよ。」

 たまさか運がよかっただけと、その雷電は直接の上役ででもあったのか、それと信じたかったのだろう鋼筒乗りらしき生身の男が吠えたと同時。今度は甲足軽
(ミミズク)が数体ほど、漆黒の巨体を素早く機動させ、威容満たしての立ちはだかる壮年へ目がけ、大太刀振りかざすと一気に畳み掛けんとしかかったものの、

  ―― そこへと走ったは、素早き銀の動線の、宙を裂くほどの鋭き一閃

 今度こそ間違いなく意図的な一刀が宙を駆け、それに撫で斬られた甲足軽らが、駆け抜けた先にて揃って動きを凍らせている。画一化された風貌の彼らだが、当然のことながら個体の別はあるはずで。だからこそなのか、一斉にとはいかなくてのバラバラに。そこを斬られたか胴のどこかしらへ火花をまとわせ、膝から落ちる者、前のめりに地へ伏せる者、先に倒れた仲間の上へ転げてしまい、仰のけに倒れ込む者らが、無様にも刺し違え損ねた身を晒すに至り。しかもしかも、

 【 う……。な、なにを…っっ!】

 無事であった残りの雷電や紅蜘蛛らが、次々にくぐもったような声を上げ、前へ後ろへ次々倒れたその後には、先ほどの金髪痩躯な双刀使いの侍が、立ちのぼる砂煙も物ともしない無表情のまま、やはり無言で立ちはだかっているだけだったりした日には、

 「そ、そんなことが…っ。」
 「うわぁあっ、勘弁してくれぇっ!」

 歯ごたえのあり過ぎる敵だと自覚したその途端。虹雅渓への陥落計画はどこへやら。陣形を崩した烏合の衆が、抜刀しているとはいえ たった二人を恐れるあまり、これは敵わんとの見るからな逃げ腰となり果てて。ある者は浮遊して滑空を始めた鋼筒に外からしがみつき、ある者は砂の丘をただただ駆けて駆けて駆け抜けて。魔物のような白紅二人の侍から、何とかかんとか逃げ果せ、やっとのこと見えて来た大門へと目がけ、いかにも追われておりますと装うことで、街なかへ逃げ込もうとしたその鼻先には、

  「な…っ!?」

 いつの間に配備が整っておったのか、据え式の機関砲まで持ち出した、大物対応型にときっちり武装した警邏隊の面々が。蟻をも通さぬとの密集した陣形を整えており。大門は勿論のこと、見渡す限りという長さに部隊を居並べ、城塞周縁を固めておいで。

 「こんなにも警邏の人員がおったのか。」

 日頃の単なる関所然とした風景しか知らず、よって舐めてかかっていた浪人どもが、次々にその場で膝を折る。整然とした部隊の異様と、分厚い壁のその編成の幅こそが、逃げ腰に浮足立っていた連中の戦意をますますのこと失わせ。鋼筒には機関の節々に絡み付く仕様の“投網式砲弾”を打ち込んで動作を封じ。座り込む者さえいるならず者らを、片っ端から搦め捕ってゆく手際の、これまた鮮やかにして見事なこと。実をいや、腕っ節自慢や体格がすこぶる良い顔触れじゃああるが、正規の隊士や衛士ではない者らも多数、さりげなく加わっており。大門に間近い“最前列に立っている者”以外、後尾に位置する者らほど そんな素人で固めてある。

 “こんな素人くさい策まで引っ張り出すとはな。”

 これもまた、実は謎の軍師殿の入れ知恵だ。集まった顔触れのほとんどは、蛍屋との縁があっての懇意にしている旦那衆が集めてくださったお兄さんたちであり。とはいえ、俗に言うところの“怖い筋”の存在ばかりでもない。いざという時には消防団としても働けば警邏の手伝いもしましょうと、一声掛ければすぐ集まれる下地を持つとはいえ、あくまでもごくごく普通一般の方々で。恐らくは連帯責任制の導入を構えていたのだろ、先の差配の管理下で組分けされてあった町の人々は。役割分担や連携というものも心得ていたせいか、あの大戦へ駆り出されてはないとは思えぬほど、集中してコトへとあたれる団結力が強かったのと。そんな彼らを死守せよと、手綱を絞った警邏隊の隊長殿への厚き人望とが、よき方向へと結合反応したらしく。頭数合わせの素人らはそうとは見えぬ凛々しさ雄々しさを発揮していたし、本物の警邏隊の面々はそれは手際よく立ち働いての、素浪人や野伏せりらを鮮やかに捕縛し続けて。しかも、それがまた後日に街の人々へ勇猛だったと伝えられる話のネタとなりので、

 “忌々しい話だが。”

 上から押しつけて命じることもなけば、声高に訴えることもせず。何とも自然な流れにて、今日の日の“武勇伝”を編纂し、尚且つ、皆へも広めるための仕立て、きっちりと築いてしまっていた誰か様。周到という言葉もまた、あの狡猾な古タヌキのためにあるのやも。そんなこんな思ってしまった、警邏隊長の兵庫殿が、どこか遣る瀬ないまま、砂漠の先へと視線を放った、その同じころには…、






 一般生身の兵や衛士では なかなかに手古摺るだろう、甲足軽以上の躯をした機巧躯のみを全滅させ、尻に火のついたその他大勢は、荒野から関所までと追うことで追い込んで。その先に待ち構えていた警邏隊にも、花を持たせるひと暴れをさせたの、一応はその行方をまで見届けてから。そのまま荒野へと踵を返すと、

 「まずは東の里へと向かうか。」
 「…。(頷)」

 問うた勘兵衛の精悍な横顔をなぶるも、頷いた久蔵の軽やかな金の髪を揺らすも、砂交じりのそれながら、東からの薫風で。双方ともに厄介ごとには縁多き、微妙に不器用だったりする二人ゆえ、ただの遊山となるとも思えぬ先行きなれど。まさかまさか、賞金稼ぎなんてこと、始める身になろうとは想いもせずの旅立ちのとき。もうすっかりと明るくなり、生気にも満ち満ちた陽気の中へと踏み出しかけて、

 「………。」

 ふと、立ち止まった久蔵が、その細い肩越しに今まさに離れんとしている街を振り返る。兵庫の姿は最後にようよう目に出来たものの、もう一人ほど、その面影から離れ難い人がいる。決して拠り処
(よすが)にしていた訳ではないけれど。それでも…それまでの“生”をずっと、この世に一人しかいないかのような孤高でいた身を。支えて暖めてくれた、人との交わりを教えてくれた七郎次と、遠く離れ離れにならねばならぬ今、幾許かの頼りなさを感じてしまっているのだろう。だが、

 「そうやって不安を覚え、寂しさを恐れるというのは、だが、
  恥じることではないぞ?」

 「…っ?!」

 何を言い出すかと、咄嗟に睨むような眼差しを向けて来た久蔵だったが、勘兵衛には無論のこと、揶揄するようなつもりは微塵もなく、

 「何せ、生まれたての身だ、歩む前には這わねばならぬ。」

 そこでやっと目許を和ませながら、言ったのが。

 「斬りたければいつでもかかってくればいい。」

 ただし、安んじて応じてやる訳にも行かぬがな、大人しく斬られてやるつもりはないし、お主もそれでは詰まらぬだろうがと。こうまでの斬った叩ったの直後だというに。その周縁には、無残にも刻まれた機巧侍たちの残骸が、空しくも散らばっている只中だというに。あっけらかんとそのようなことを言い出す不貞々々しさこそ、枯れたの何のと言うたことさえ一蹴しての、彼もまた先を見据えた証しかも。少しほど先を歩み始めていた壮年殿の、肩やら背中やらを眺めていた久蔵。ふっと口許を微かにほころばせると、

 「………上等。」

 誰へというでなしの一言をこぼしてから、彼もまた歩み始めた浅春の朝の、これが新たな旅立ちの第一歩となった彼らである。







        ◇◇◇



 てっきり勘兵衛様たちと旅立ってしまうと思ったからさ…と、微笑った雪乃から、爆弾発言をされた七郎次はただただ驚くしかなかったらしく。

 『ちょ、ちょっと待て。何カ月だって?』
 『言っとくけど、もう半年近いんだ、堕ろせやしないからね。』
 『縁起でもないことをお言いじゃないっ。』

 完全に余裕があるのは女将のほうで。咄嗟に叱りかかってから、あああそうじゃなくってと。幾らか後れ毛の降りた額を手のひらでぱちんと覆い、天を仰ぐよにそのお顔を上げた槍使いの君は。気を取り直すと、

 『それって、
  一番不安定だった頃合いにあの騒ぎだったって事になるんじゃないか。』

 この店を舞台にしての、侍改めだの大殺陣だのといった乱闘騒ぎや、凶状持ちばかりを居候させた勝手だとか。どれひとつ取っても心休まらぬ事ばかりじゃあなかったか。そしてそして、あげくの果てには、赤子の父でもある七郎次が出て行くのか居残るかにも…、

 「それに関しては、翻弄されちゃあなかったって?」
 「あらあら、何を僻
(ひが)んでおいでか。」

 だってお前、そりゃあしゃんとしていたのだもの。やわらか嫋やかな痩躯を引き寄せ、懐ろの中へと招き入れれば。さすがに少しは目立って来たお腹をいたわりながらも、そおと寄り添う愛しの妻が、うふふと微笑って味な眸をする。

 「あのころにそれを持ち出せば、
  お前さんはきっと、そりゃあ悩んで考え込んでしまったろうからね。」

 そうは運ばなかったようだからと言うのじゃないが。こたびの騒ぎの末に、もしかして勘兵衛様たちと同行することになっていたとしても。この子を盾にしてそれを諦めさせるなんてのは、アタシゃ 絶対にヤだったのさと。きっぱり言い放つ強い眸は、母親という自覚がなくとも彼女が素養として持っていた確固たる強靭さ。それへと真っ直ぐ射貫かれながら、

 “軍にいた頃からも、再会してからも。
  自分なんて省みないでくれと言い続けた、これは報いかもしれない。”

 それが叶ったと思えばいいだけのこと、素直になれなんだが故の、臆病者には相応しい罰なのだろ…なんて。さすがにそこまでヒネた考えようをしちゃあいない。というか、しないで済んだのへの大きな素養は、何といっても、

 “久蔵殿がおいでですからね。”

 勘兵衛の傍らに、彼が眸を離せない存在、まだまだ死に急がれては困る七郎次の代わり、彼の上官をがっつりと引き留めておいてくれよう人物が現れたからに外ならず。向こうの彼らの言い分とやらは、当然ながら他にも多々あろうと思うけれど。これまでとは全く事なる“大丈夫”が自分の心持ちにもあるのが判る。大戦ののち、全くの音信不通だった勘兵衛と、それでも再会出来ると…自身への支えも同然のこととし、闇雲の宛て処なく信じてきたそれとは比較にならぬ安堵感に、胸底がじんわりと暖まるのが判るから。


  どうかしたのかい? お前さん。

  いやなに、誰かが傍にいてくれる生き方が出来るなんて、
  俺ァ果報者だなぁとね。


 今頃は、ここより北のあの神無村でも田植えの時期か。水郷のお水端に揺れる柳も緑を濃くし、そろそろ訪のうは初夏の陽差しか。生き地獄だった大戦も、その後に訪のうた、気がおかしくなりそうだった停滞の中の5年も今は、すっかりと夢幻の遠くへと消え去っており。新しい命との出会いの頃を待ちつつ、旅に出たお仲間との再会も待ち遠しくってならない七郎次。晴れ晴れとしたお顔のまんま、見上げた空には気の早いツバメの影が幾たりか、ここまでおいでと駆けてくところ……。








  〜Fine〜  07.01.13.〜 11.04.02.

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 *原作では田植えに忙しい神無村の人々を眺めつつ、
  そおっと立ち去る勘兵衛様でしたが、
  そこはちょこっと変えさせていただく運びとなりました。

  それにつけましても、長かった〜。
  お待ちいただいた皆様には本当にご迷惑をおかけしましたね。
  他のお部屋でも
  “何年越しだよ”となっているシリーズものは多々あるのですが、
  こちらは一話毎の狭間がしゃれにならない長さだったから、
  今回のエンドマークをご覧になられても、
  あまりの呆気なさや肩透かし感から、
  まだ続くんじゃあないかとか
  思われてしまうこと請け合いかもですね。(…シャレにならんぞ)

  続きならば、
  この後の“勘兵衛・久蔵の二人旅”の話もありますので、
  そちらを続けてお読みいただければ幸いです。

  拙い筆の代物へ、
  長らくお付き合いいただきありがとうございました。
  世間様が途轍もなくとんでもない様相の時期ですが、
  こんなものででも
  お気を紛らわせることへのお手伝いが出来ますれば幸いです。
  それではまた、別のお話でお会いしましょうvv

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